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広報レポート
2021年09月18日

森美術館『N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅』を鑑賞してきました

六本木ヒルズ森タワーの53Fにある「森美術館」は、年間多くの人が訪れる現代アートの美術館です。日本を含むアジアの現代美術を中心に、ファッション、建築、デザイン、写真、映像など様々なジャンルの展覧会を開催しています。

私は今回、2017年2月4日(土)~6月11日(日)にかけて開催されている『N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅』を鑑賞してきました。この体験記では、初めてN・S・ハルシャの作品に触れた感想と、森美術館が取り組む「来場者の声を聞く活動」についてご紹介します。

※この記事は2017年3月17日にWEBCASサービスサイトに掲載されたレポートの再掲です。

N・S・ハルシャ展

N・S・ハルシャについて

N・S・ハルシャ(1969年-)は、南インドの古都マイスール出身の現代アーティストです。世界各地で開催される国際展に数多く参加しながらも、故郷マイスールを活動拠点とし、同地の自然環境や伝統文化に真摯に向き合っている人物です。

森美術館では、世界で活躍するミッドキャリアのアーティストの活動を紹介する個展シリーズを開催しており、今回の展覧会はN・S・ハルシャの1995年から現在に至る、約20年間の代表作を集めた世界初の大規模個展とのこと。会期中には実際にN・S・ハルシャが来日し、トークイベントや子供向けのワークショップを実施したそうです。

N・S・ハルシャ
撮影:御厨慎一郎、写真提供:森美術館

『N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅』展覧会の様子

『N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅』は、小さな2つの部屋から始まります。この部屋は、マイスールにN・S・ハルシャが初めて構えた小さなスタジオをイメージしたものだそう。絵画に近づいてみると、多くの偉人が描かれていることに気づきます。そこには歌川広重の姿もありました。

《時間の蜜のまわりを走って》(1999)
《時間の蜜のまわりを走って》(部分)(1999)
《時間の蜜のまわりを走って》(部分)(1999)

下の作品のタイトルは、《私たちは来て、私たちは食べ、私たちは眠る》。3枚のキャンバスでひとつの作品となっています。N・S・ハルシャの絵画は人物や動物などのモチーフが反復して描かれているのが特徴ですが、この作品は彼が自身のスタイルを確立するきっかけとなった作品なのだそうです。

《私たちは来て、私たちは食べ、私たちは眠る》(1999-2001)
《私たちは来て、私たちは食べ、私たちは眠る》(1999-2001)

絵画から離れた場所に立つと同じような個体が規則正しく並んでいるように見えますが、近づいて見てみると表情やしぐさ、衣服が異なっているのがわかります。3枚目「私たちは眠る」では、一人ひとり寝相が違うのが面白いですね。

《私たちは来て、私たちは食べ、私たちは眠る》(部分)(1999-2001)
《私たちは来て、私たちは食べ、私たちは眠る》(部分)(1999-2001)
《私たちは来て、私たちは食べ、私たちは眠る》(部分)(1999-2001)
《私たちは来て、私たちは食べ、私たちは眠る》(部分)(1999-2001)

マイスールから世界を見つめるN・S・ハルシャの作品には、グローバル化によって生じるインドの社会的な変化が多く描かれています。それが特に顕著なのは、初期の代表作である「チャーミングな国家」シリーズ。

右の作品《彼らが私の空腹をどうにかしてくれるだろう》は、後方に世界貿易機関本部ビル、前方に農地が描かれており、「インドの人々の空腹を満たすのは自由貿易か、それとも畑を耕す農民か」というハルシャの問いかけが込められています。

《彼らが私の空腹をどうにかしてくれるだろう》(2006)
《彼らが私の空腹をどうにかしてくれるだろう》(2006)

マイスールは絹サリーや白檀、香油、象牙などの生産が盛んな一方、農業も盛んです。しかし、近年はIT産業が急速に発展しているのだとか。右の作品《染まってゆく偉大なインド人》では、畑に人種の違うスーツ姿のビジネスマンがたくさん描かれており、農業にも外国資本の影響が見られるようになったマイスールの産業の変化が描かれています。

《染まってゆく偉大なインド人》(2005)
《染まってゆく偉大なインド人》(2005)

さて、いよいよ本展のメインでもある絵画《ここに演説をしに来て》に辿り着きました。6枚のパネルに描かれた人物や動物は、なんと2,000以上!一枚の写真には到底納まりませんでした。

《ここに演説をしに来て》(部分)(2008)
《ここに演説をしに来て》(部分)(2008)

絵画というよりテキスタイルのようで、家のカーテンやクッションカバーにしたら素敵だな…なんて考えながら鑑賞していました。淡く儚げな色使いがとても心地よく、いつまでも眺めていたい作品でした。
ちなみに、絵の中にバットマンとスーパーマンを見つけましたよ。

《ここに演説をしに来て》(部分)(2008)
《ここに演説をしに来て》(部分)(2008)

下の作品のタイトルは、《集団結婚式》。今回の展覧会で、私がとても気に入った作品のひとつです。人物が反復して描かれているのはこれまでの作品と同じ形式なのですが、結婚式というテーマなだけあって、2人1組になっているのが特徴です。「夫婦」としてそれぞれの個性が表現されていて、とても素敵でした。

《集団結婚式》(部分)(2003)
《集団結婚式》(部分)(2003)
《集団結婚式》(部分)(2003)
《集団結婚式》(部分)(2003)

『N・S・ハルシャ展』では、絵画だけでなくインスタレーション※も展示されています。下の作品は《空を見つめる人びと》。床にたくさんの人の顔が描かれており、天井が鏡になっています。上を見上げると、髪や目や肌の色が違うたくさんの人たちと一緒に空を見上げている不思議な気分に浸れます。日本で生まれ、日本で暮らし、日本で働き…。いつのまにかそれが「自分の世界」として当たり前になっていた私にとって、「世界とは、人類とは」そんなことを考えさせられる空間でした。

※展示空間を含めて作品とみなす手法。ある特定の場所にオブジェや装置を置いて、作家の意向に沿って空間を構成し変化させ、場所や空間全体を作品として体験させる芸術のこと。

《空を見つめる人びと》(2010)
《空を見つめる人びと》(2010)

次の部屋へ進むと、ここにも色鮮やかなインスタレーションがありました。足踏みミシンの上にかけてあるのは国際連合に加盟している193ヶ国の国旗を描いた布です。近づいてみると、色とりどりの糸が複雑に絡み合っていることがわかります。日本語にも「糸のもつれ」「緊張の糸」などの慣用句がありますが、国家の複雑な関係を表しているのかもしれません。

《ネイションズ(国家)》(2017)
《ネイションズ(国家)》(2017)
《ネイションズ(国家)》(2017)

最後の部屋にあったのは全長24mの巨大な作品。黒でも紺でもない墨汁のような色合いに、どこか親近感を覚えました。細部に目を向けるとそこにはおびただしい星があり、宇宙のような光景が描かれていました。

《ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ》(2013)
《ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ》(2013)

ふと、宇宙の中にN・S・ハルシャが描いた地球を発見しました。インド亜大陸がきちんと中央に描かれているのを見て、インド出身のアーティストらしいな、と微笑ましく感じました。どの国の子供たちも、世界地図は自分の国を中心に学ぶのでしょうね。

《ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ》(部分)(2013)
《ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ》(部分)(2013)

“来場者の声を聞く”森美術館の取り組み

さて、数々の素敵な作品を見終えて出口に向かっていくと、順路の途中に4台のiPadが並んでいました。こちらは森美術館が実施している来場者向けアンケート。実はこのアンケートは、当社のアンケートシステム「WEBCAS formulator」で作成されています。

『N・S・ハルシャ展』がスタートしてから約1ヶ月が経ちましたが、すでに800件近くの回答が集まっているそうです。

私も実際にアンケートを操作し、どのような質問がされているのか拝見しました。アンケートでは年齢や性別、今回の展覧会の満足度、森美術館を訪れた理由、『N・S・ハルシャ展』を知ったきっかけ等について聞かれていました。

ちなみにアンケートのトップ画面では日本語か英語かを選べるようになっていましたが、回答の三分の一は外国の方だとか。さすが六本木ですね。

こうして集めた来場者の声は、今後の展覧会の企画・運営向上や効果的なメディアの選定など、現代アートの発展に活かされるのだそうです。森美術館が目指す“生活の中のあらゆる場面でアートを楽しむことができる豊かな社会”とは、アーティスト、美術館、キュレーター、そして鑑賞する人、みんなで作り上げていくものなのだと実感しました。

どれも素敵で迷ってしまう!展覧会オリジナルグッズ

出口付近にあるミュージアムショップでは、『N・S・ハルシャ展』のオリジナルグッズが販売されています。Tシャツやマグカップ、トートバッグ、ノート、マスキングテープなど、どれも素敵なアイテムばかりで選べません!

なかなか決められずにうろうろしていたら、一緒に取材に行った上司がノートを買ってくれました(笑)

『N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅』は、2017年2月4日(土)~6月11日(日)の間、10:00から22:00(火曜は10:00から17:00)まで会期中無休で開催しています。
恥ずかしながら私は現代アート、ましてやインドの現代アートについてはまったく知見がなかったのですが、だからこそ「南インドから宇宙まで」「チャーミングな旅」という予測不能なタイトルに魅せられ、足を運びました。鑑賞し終えると、たしかに世界と宇宙を静かに旅してきたような、そんな気持ちになれる素敵な展覧会です。皆さまもぜひお出かけになってみてくださいね。

今回取材にご協力いただいたのは、森美術館の広報・プロモーションを担当する洞田貫さん。ありがとうございました!

関連リンク
森美術館 オフィシャルサイト